2010年8月20日金曜日

文攻め

 芝講師は「お土産やお金をもらうなら、一枚のハガキを書いてくれることの方が何倍も嬉しい」とおっしゃるのが口癖でした。
 
 その様なこともあり、8月の文月にあわせて今回のお題を「文攻め」としました。あいにく会合がお旧盆中であったため参加者が少なかったのですが、嬉しいことに江戸っ子感覚に溢れる方ばかりの集まりとなりました。


(原文ママ)(一部抜粋)

 忙しくてもたのしいのは、未知の方からお便りをいただくことです。電話だと、尾籠なことですが、トイレに行きたくて、うずうずしている時でも、約束時間に遅れそうでいらいらいしている時でも、サッと出なくてはなりません。(夏目)漱石が、電話は失敬な機械だ、とか言ったというのもわかるような気がします。江戸時代にはテレフォンなんていう、まことに不快な通信手段はなく、それだけでも、その当時の人びとは、仕合わせだったというべきでしょう。

 とは言っても、その頃でも今のデンワと同じ様な、不愉快なおもいは体験していたようです。それは、いきなり、人がやって来ることです。江戸には”なんの前触れもしないで、人を訪ねれば、水をかけられても、文句はいえない”という掟があったようです。人を尋ねたい時は、「何時いつ日(か)に参上したいが...」という文を送り、つまり文攻めします。受け手は「どうぞ」とか「お待ちしております」とか、時には「困る」とか、「待って欲しい」とか返事をするわけですが、送り手は、受け手が返事を書く時間と、その返事がこちらに届くまでの十分な時間をみこして、
文攻めをしないといけませんでした。(中略)

 これに慣れるとコミュニケーションの別世界を発見されるはずです。あさっての、夜9時にベルが鳴るなんて、ワクワクしながら待っているのは、ほんとに、たのしいものです。

[レポート「江戸の心」新5 49.6.29]より抜粋




今回の講の中で、皆さんが一番興味深かったとおっしゃったのは、


 [手紙によって培われるもの]
  1. 教養(挨拶、語彙、漢字、表現力、文章、習字、計算、歴史、一般知識、美学)
  2. 思いやり(相手の置かれている状況、環境、精神状態を察知し配慮する)
  3. 社会的エチケット(時泥棒しない為の準備や気配り)
  4. 推測力(直接的な言葉で書かれていない心情を読み取る力)

 [手紙の効果]
 手紙を出す時は事務的な伝達だけでなく、次回お会いした際の会話に役に立つ予備知識も添えることで、今後「実際にお会いしたい」という意思を表現します。もちろんこれもメール等で伝えることは可能です。ただ、現代のツールを使う際は「端的に、簡潔に」必要最低限の言葉を使い、言葉の余韻や含みは「絵文字」に任せるのが基本となっていますね。(略)

 最も健全で、人間力をより育めるコミュニケーションの方法は、実際に会って話すことだと思います。しかし何事にも準備や練習が必要なように、本当に相手と豊かなコミュニケーションを望むなら、手紙を出し合って準備することは、いくら手間がかかったとしてもやはり良いものだと思うのです。

 という内容でお話させて頂いた所です。小さな心遣いがいかに大切であるかを皆様にお分り頂けたようで、とても収穫の多い講となりました。

 芝講師の時代からの会員様からのお手紙(芝講師の残しぶみ)は現在でも会の宝でございます。このような資料をどのように公開して行くか、江戸の良さを見なおす会の使命を一層強く感じております。

2010年8月9日月曜日

講・第8回の予告

 文月とは現代の7月のことですが、旧暦では7月の下旬から9月の上旬頃にあたります。
 文月の語源は、短冊に歌や字を書いて書道の上達を祈った七夕の行事に因み、「文披月(ふみひらきづき)」が転じたとする説が有力とされる他、陰暦七月が稲穂が膨らむ月であるため「穂含月(ほふみづき)」「含月(ふくみづき)」からの転とするなど諸説あるようです。
 次回の講では、はこれらに因んだお題、文攻め(ふぜめ)についてお話させて頂きます。

 ご興味をお持ちになられましたら、是非ご参加なさってください。