2009年4月2日木曜日

春うらら

 ♪春のうららの隅田川・・・
 と、思わず口ずさんでしまうような、心踊る季節になりました。この季節になると浦島講師は、「♪春の〜うらしまら(浦島ら)〜」と「花」のメロディーでよくお歌いだったことを思い出します。
 「浦島ら」とは、浦島講師とその講に集う人々のことです。講を私物化することのないよう、「僕ら」と常に表現することを心がけておいででした。「私」ではなく「私ども」や「私たち」と表現するのが「江戸しぐさ」であるということも、そういったお話から学ばせて頂きました。

 例えばちょっと発言が自己中心的になると、それまでの和やかな雰囲気がさっと変わります。「あっ、しまった!」と後悔しても時すでに遅し。延々と稚児問答がはじまります。それは、自分で「私が、私がと単数で表現することは田舎しぐさの始まりなのだ」と認識するまで続きました。ようやく本人が気付いた頃には、先生もさぞお疲れになっていたことでしょう。
 この「自分で気付く重要性」については先日、脳科学者の茂木健一郎氏がテレビでこのようなことをおっしゃいました。
「人を育てるには、まずその人の自主性の芽生えを待つ事が重要である」
浦島講師も当時からそのようなお考えを実践しておいでだったのです。

 話はお花見に移りますが、お江戸のお花見はたいそう贅沢なものであったようでございます。
 花見弁当には卵焼きがつきものだったようですが、「庶民は沢庵を卵焼きに見立てて楽しんだ...」と、落語にございますね。

 最後にもう一つ。
 先月「東京目黒ロータリークラブ」の例会の卓話において、「江戸しぐさ」についてお話をさせて頂く機会を頂戴しました。クラブの方針や皆様のお考えをお聞きしたところ、そこには浦島講師が「浦島ら」の講に求めた「奉仕の精神」と同質のものが、ロータリークラブという色と形となって在りました。浦島講師のお話をさせて頂きながら、浦島講師の教えと同様なものが色々な「講」において実践されていること改めて教えて頂き、とても心強さを覚えました。その際にお世話になった東京目黒ロータリークラブの方々には深く感謝をしております。

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