2009年4月30日木曜日

5月とは...

 事始の月といいますと、一月や四月と思われる方が多いでしょう。私ども江戸の良さを見なおす会におきましては、五月は物事を見つめなおした上で再出発を計る月として、とても大事な月と考えております。

 空は澄み、世界が光で溢れる5月!
・明るい歌声のこだまするメーデー(現代では歌声よりもシュプレヒコールの方が大きいですね)、
・「戦争をしない」という決意を誇らしく、またこれからの在り方を考える憲法記念日、
・鯉のぼりが泳ぐこどもの日、
・感謝をこめてカーネーションを飾る母の日、
・夏も近づく八十八夜、
・世界赤十字デー、
・愛鳥週間、
・国際善意デー...
と、多彩な心の行事がつづく5月!

 私たちも心の衣がえをして、新緑と花にあふれる5月をさわやかに遊びましょう。

芝居のこころ -後編-

前回のつづき

 「私は、そうしたことを芝居で再現し、ビデオに撮りたいのです。
 一方、現在の演劇は、作者の台本に従って舞台の設備、装置、証明、音楽などの効果と演出者の監督の下に舞台の上で俳優が演技をして、観客に見せる総合的な芸術活動のように私には思えるのです。
 つまり、見せる側と見る側が、区切られた芸術という忍術のような気がするのです。こうなると、「ボク、作る人」の側から言うと、「いかに観客、言いかえれば金(かね)を集めるか」というサモシイ心にともするととりつかれ、「ワタシ、見物する人」の側は、「ただ面白ければいい」というその場かぎりの、なおざりな、享楽主義に走りやすくなるのではないかと、心配するのです。

 明治になって、江戸の芝居の心を捨て、西洋の、いわゆる演劇を金科玉条として取り入れたのですが、そのときに、もともとの西洋演劇の基底に流れていたキリスト教などの西洋精神を抜きとった上べの形のみを輸入?したキライがあります。
 その結果、「形さえ整えばいい」という、いわゆる「かっこいい」演劇を、ほんとの演劇と錯覚してしまったのではないかと、私には見えるのです。 
 そうなると、ただ形を整えるために、例えば夏や秋の実りの文化祭に向かって一心不乱に猛練習の突進を続ける軍隊になってしまうのではないかと思いたくなるのです。つまり「入学するまで、青春も正月もない」「老後のために」式の幸せ先送り人間になるような気がして寂しいのです。

 江戸の芝居は、作る人、する人、見る人が一体になって、いまを楽しみ、人間関係を一番大事にして、この地上に極楽を作った世界の演劇史上に類例のない生命活動でした。」 -終-
全文・浦島太郎の残し文

2009年4月17日金曜日

芝居のこころ -前編-

 江戸の良さを見なおす会の発足当時から、実に様々な会から研究会等へのお誘いを頂いて参りました。今から思えば、学ぶ内容は違っても、その根本にある熱意や信念という共通点があったからでしょう。

 中でも「足立史談会」の皆様にはとても良くして頂き、浦島講師は「足立史談会だより」(平成2年5月15日発行)に寄稿させて頂いたこともございます。こちらの会の皆様は現在もとても熱心で、その精力的な活動には、一つの会の代表として頭の下がる思いです。

 今回は、その「足立史談会だより」において浦島講師が寄稿させて頂いた「芝居のこころ」をご案内させて頂きたいと存じます。

以下原文ママ

 江戸のお芝居は、自分を映す鏡のようなものでした。過去の自分を映してみる。現在の自己を見る。未来の己(おのれ)をみてみる。同様に、他人様をみてみる。世間とのかかわりを眺めてみる。
 ときに、こじきになってみる。あるときは大名に変身する。まだ経験しない職業を芝居で体験し合う。
 ことに、江戸寺子屋の稚児芝居は世界に例の無い人間教育だったと私は思っています。

 いまふうに言ったら、医者、看護士、薬剤士、保母・保父、銀行員、警官、スリ、スチュワーデス、デザイナー、ディレクターなど、世の中のありとあらゆる職業を芝居の上で演じ、自分が何に一番むいているかを本人はもちろん、師匠も親も、ともに知ることができたのです。

 とどのつまりは、家を継ぎ、親の仕事を見習うのが一番の近道と悟る者が多かったそうです。いまのドラマのように、いやいや家業を継がせるようなヤボなことは決していなかったようです。
つづく

2009年4月2日木曜日

春うらら

 ♪春のうららの隅田川・・・
 と、思わず口ずさんでしまうような、心踊る季節になりました。この季節になると浦島講師は、「♪春の〜うらしまら(浦島ら)〜」と「花」のメロディーでよくお歌いだったことを思い出します。
 「浦島ら」とは、浦島講師とその講に集う人々のことです。講を私物化することのないよう、「僕ら」と常に表現することを心がけておいででした。「私」ではなく「私ども」や「私たち」と表現するのが「江戸しぐさ」であるということも、そういったお話から学ばせて頂きました。

 例えばちょっと発言が自己中心的になると、それまでの和やかな雰囲気がさっと変わります。「あっ、しまった!」と後悔しても時すでに遅し。延々と稚児問答がはじまります。それは、自分で「私が、私がと単数で表現することは田舎しぐさの始まりなのだ」と認識するまで続きました。ようやく本人が気付いた頃には、先生もさぞお疲れになっていたことでしょう。
 この「自分で気付く重要性」については先日、脳科学者の茂木健一郎氏がテレビでこのようなことをおっしゃいました。
「人を育てるには、まずその人の自主性の芽生えを待つ事が重要である」
浦島講師も当時からそのようなお考えを実践しておいでだったのです。

 話はお花見に移りますが、お江戸のお花見はたいそう贅沢なものであったようでございます。
 花見弁当には卵焼きがつきものだったようですが、「庶民は沢庵を卵焼きに見立てて楽しんだ...」と、落語にございますね。

 最後にもう一つ。
 先月「東京目黒ロータリークラブ」の例会の卓話において、「江戸しぐさ」についてお話をさせて頂く機会を頂戴しました。クラブの方針や皆様のお考えをお聞きしたところ、そこには浦島講師が「浦島ら」の講に求めた「奉仕の精神」と同質のものが、ロータリークラブという色と形となって在りました。浦島講師のお話をさせて頂きながら、浦島講師の教えと同様なものが色々な「講」において実践されていること改めて教えて頂き、とても心強さを覚えました。その際にお世話になった東京目黒ロータリークラブの方々には深く感謝をしております。