2009年2月27日金曜日

ひな祭り

 現在のひな祭りは3月3日に行うのが一般的ですが、江戸の暦ではそれより1ヶ月遅く、桃の節句というだけあって桃の花の盛りの頃に行われていたようでございます。これは明治6年の改暦により和暦から新暦への変更によるもので、それによりお彼岸にご先祖さまへのお参りをした後にお雛さまをお呼びするという順番も、今では逆になってしまいました。※ 現在でも京都の一部等、旧暦の4 月3日におひな祭りをする地域は少なからず現存しています。

 太陰暦を太陽暦に変更したはいいものの、お上でさえもこの暦の違いに大変混乱したようでございます。日本古来の文化・風習に則った筋道のとおった様々な尺度を、「西欧化」というただ一つの定義で替えてしまった弊害の一つ(もちろん利点も多くあると認識しております)として、「江戸しぐさ」が失われてしまった現代の日本社会があると思うのです。

 近代化と民主化の名のもとに、私たちが失ったものの一つである江戸しぐさ。江戸の町の人々がもっていた、他の人間へのおもいやりや優しさをとりもどしたいという願いのもと、江戸の良さを見なおそうと今日まで芝三光氏の集められた江戸しぐさを公開してまいりました。このことを語らずして、「江戸の良さを見なおす会」をご理解頂くことは難しいでしょう。そして江戸しぐさは暗記するものでなく、経験を通して身につけるものであるということも、「江戸の良さを見なおす会」の基本となっております。時折「傘かしげ」の様な「○○しぐさ」をもっと教えてくださいというようなお便りを頂くことがございます。もちろんそれら「○○しぐさ」はとても解り易い「江戸しぐさ」の実例となるのですが、一番お伝えしたい事は「”江戸しぐさ”の本質は形式ではない」ということなのでございます。近年、様々なところで「江戸しぐさ」を謳っておられるようですが、「江戸の良さを見なおす会」の目指す「芝三光氏が提唱なさった”江戸しぐさ”」とは方向性が違うようでございます。

 ひな祭りについては諸説ございますが、「雛」の持つ「大きいものを小さくする」という意味から、「大きな厄難を小さな人形に移すことで最小限にする」という説をお聞きになった方もいらっしゃると思います。人間の心の厄払いを小さな流し雛さまが身代わりになって昇華するように、世の中の大きな不満・不安・不幸を、「江戸しぐさ」で吸収し、小さな満足・安心・幸福に替えてしまってはいかがでしょうか。
江戸しぐさにはそのような力があると信じております。

2009年2月20日金曜日

江戸寿司講

 今回は「東京一人暮らしの方への江戸料理実習会」の様子をご紹介したいと思います。
 当時の私どもの講中は、江戸に関する様々な分野において造詣が深い方の多い寄合でもありました。江戸の講がそうであったように、会員が持ち回りで講師となり、自分の得意分野について講でお話や実演や研究発表をすることもございまいた。誰もが生徒であり、且つ何かの先生でもあるというのが江戸講の、そして芝氏の考え方でございました。もちろんすべての方が、人に教える何かをお持ちな訳ではございません。そのような場合、芝氏はその方が少しでも得意そうな分野を導きだし、講師になれるように指導なさっておいででした。
 そのような中、1975年5月17日に「東京一人暮らしの方への江戸料理実習会」が行われました。会員である大久保のご隠居が鮨職人の師匠でいらしたことから、寿司飯の作り方・ご飯の炊き方を始め、材料の吟味・調理等を、調理室をお借りして実習で教わることとなったのです。その際の仕度は、ご高齢にもかかわらず、全て米沢師匠が整えてくださいました。当時を振り返り、実にありがたいことであったと反芻しております。
 
 ただ、これだけですと単なる「お料理教室」となんら違いがございませんね。芝氏が皆様にご説明なさりたかったのは、江戸料理はもちろんのこと、それ以前に「お料理をする心構えとして、手洗い・髪の始末・お茶碗の煮沸消毒・お湯の沸かし方・お茶の入れ方・出し方までに至るまでこと細かく見取らなければならない」ということでした。(当日の様子はこちらからご覧頂けます。)

 ※江戸料理の基本についてご興味をお持ちの方は「江戸楽のすすめ・生きる」も参考になさってみてくださいませ。

2009年2月12日木曜日

講とは...3

 講について、特に多くのお問い合わせがございますのは、「今度はいつ講をおやりになるのですか?」というものです。講とは...2に引き続きお話させて頂きます。

 講元として、次回の講の予定を決めることは、とても気を使うものであります。同じ思いをなさった芝氏はこう書き残しておられます。

「江戸の文まわし(1978年10月吉日)」より抜粋

「講の日を指おり数えて待ちます。手帳をだして、「この次は いつですか?ボクは忙しいから、」などと言うのは、他所(よそ)者と言われます。 
 江戸言葉で言えば、「どうも私は頭がわるいので、手帳に書き記しさせていただきます。つぎのお講の日を おおしえ願います。」と なります。
 お若いかたは、「ボク、頭が悪いからメモしとく、つぎのミーテイグ、教えて」とおっしゃればいいでしょう。
 そうです。それこそ 頭の良いアナタ様なら、もう お分かりでしょう。江戸の講は、まず、世辞(せじ)を覚えるところから始めるのが良いでしょう。
 と言いますのは、江戸の講のメンバーの発想は「世にも珍しい」もので、それが江戸の講の特色であるからです。
 このごろ、江戸言葉と言うと、ベランメエ言葉とか、下町弁のことを おっしゃるかたがいらっしゃいますが、困ったことです。
 江戸言葉というものは、極端に言えば、どこの言葉でしゃべっても良いのです。その お話のなかに、世辞が はいっていれば「江戸言葉」になります。そして 江戸言葉で話す人たちの集まりが「江戸の講」と言うわけです。
 例えば、次の二例をご覧ください。どちらも同じことを言っていますが、先の例が江戸言葉で後(あと)のがいわゆる田舎言葉です。
「どうも私はボンヤリしておりまして、道を まちがえてしまい遅くなりました。みなさまの貴重なお時間をドロボウしてしまい、申しわけありません」
 「ここが なかなか わからなくて、別のところへ行ってしまったので、遅く成ってしまいましたが待ちましたか?」
 つまり、江戸言葉は「自分以外の人が中心」という考え方に立って話をする言葉ですが、田舎言葉は、いくら共通語や東京弁で話しても、自分が中心という考え方で話をする言葉という 違いがあります。
芝三光著 原文ママ


 しかしながら、皆様が遠慮なさって他の方のご都合に合わせますとおっしゃったのでは、なかなか日程が決まりませんね。そのような時は、敢えて自分が野暮となり、「前回は他の方のご予定が優先だったから今回はわたくしの都合に合わせて頂いてもよろしいでしょうか?」と、どなかたが主張なさることで日程が決まる場合もございます。一見利己的に見えて、実は講全体の事ををお考えになったからこその「しぐさ」です。今風に申し上げますと「場の空気を読める力」が江戸での「粋」に当たると言えましょう。「KY」(空気が読めない)という否定的な言葉より、「IKI」の方が格好良い響きではありませんか?

 文中にある「江戸言葉」について、昨日「大和花の画房」で、Yさんという方からとてもよい言葉をお聞きしました。お隣のトキおばあさんを訪ねる際はいつも「トキさん、とぜんしとっか?」とお声をかけになるのだそうです。
 この意味、お分かりでしょうか? 徒然(とぜん)とはあの徒然草のことで、「おひまでございますか?」という意味なそうでございます。なんと粋な言葉でしょう!
 講も江戸言葉も「自分以外の人が中心」であり、「謙虚さ」から成り立つものであるということがお分かり頂けましたでしょうか?
 因に、「江戸講」や「江戸言葉」といった、本ブログ内で表記される「江戸」は、地域を限定するものではございません。「江戸の時代に江戸の町から生まれた"粋"」をどこで使おうとも、それは「江戸しぐさ」であり、「江戸言葉」と言って良いのです。江戸っ子も然りで、「こちとら生まれも育ちも江戸っ子だい!」と言うよりも、むしろ「三代前から江戸講で学んでおります」とおっしゃる方が、それこそ粋というものでしょう。

2009年2月5日木曜日

立春大吉

一年の始まりは立春から

 毎年この時期になると、江戸に縁(ゆかり)のある有名な料理研究家の方に、立春大吉の縁起の良いごあいさつを頂戴しております。
 皆様ご存知の通り、立春から24節気が始まり、この節分けの前日が節分です。立春には正月、節分には大晦日の役目があり、一年間の厄払いのために豆まきを行います。「福は内・鬼は外」でございますね。
 下記は、芝氏がご幼少の頃に節分のことをお書きになったものです。家族団欒のご様子が手に取るように書かれています。

「芝氏、10歳の頃の作文より」

昭和12年2月4日
 豆まき
 ぼくは、きのう上村君や田ざわくんとあそんでゐたら二人ともかへってしまったので、ほくは、おうちにはいると豆はもういってありました。おばあさんは、「これから、神だなにおそなへするんですよ」とおっしゃいました。
 それからだんだんくらくなると、おとうさんが、「うちでも豆をまくかあ」とおっしゃいました。
 そして、神だなから、豆を下ろしてくださいました。ぼくはすこしはづかしいとおもいましたが一生けんめいやろうとおもって、ますをかかへました。
 「福は内 福は内 鬼は外とこえを大きくしてゐいました。一ばん始めは、三でふをまいて、それから六でふまいてからだんだん次のへやをまいてあるきました、一ばんしまひにえんがはに立って、「福は内 鬼は外」。
 とできるだけ大きな聲をだして、まきました。をはりに、ゆどのをまきました。大きな聲で、「鬼は外 鬼は外」と、いひました。その時おぢいさんがかへってきて「豆はもふまきましたか」、とおっしゃいましたので、もうすっかりまきましたと、ぼくが、いひました。おぢいさんが、まだ豆はたべませんかと、おっしゃいました。ぼくは、「まだたべません、おぢいさんと」とゐふと、おぢいさんはもふ、豆をそろそろはべはぢめるかなはとおっしゃったので、豆を年のかずだけたべました。
 おかあさんは、「和雄、これからわ、今までよりもずっとべんきょうしなければいけませんよと、おっしゃいました」。
 ぼくも、まへよりか、一生けんめい勉強して、今年もゆうとうをもらをうとおもいました。おとうさんも、「おまへもう十になるからまへよりえらくならなければいけない」とおっしゃいました。それからおゆふにはいって、ねました。
原文ママ


 昔は、自然の景色の変化から季節の移り変りを把握していました。「自然暦」を大切にしていたのです。
 江戸の心は自然流というコトバも江戸しぐさの教えにあるように、私どもは日々自然を感じ、自然と共に生きております。「無理をしない・無理押しをしない」などは自然をお手本とした江戸しぐさでございます。

芝氏はこう書き残しておいでです。

 「ミドリ(青味)枯れる、シグサ(仕草)枯れる」「ながめて飽きぬは、木々の緑と人の仕草」


 また、浮世絵にも24節気のことが多く描かれておりますが、江戸のノスタルジアと軽んじることなく、今後も研究を続けて頂くことを願うばかりです。

 四季折々の行事を、家族や地域で行う余裕を失った代わりに手に入れた物質的な豊かさ。それを急激に失いつつある今日にこそ、江戸しぐさは必要だと思っております。