2009年12月15日火曜日

今年も残り僅かとなりました。

前回の更新からあっという間に時間が経ってしまいました。
ここ数ヶ月というもの新しい試みの為に時間を割いており、ようやく一段落と思ったらもう年の瀬と、日々の流れがまるで瞬きの如く感じられます。
※新しい試みの詳細につきましては準備が整い次第、皆様にご報告させていただきたいと思います。

今年度最後の講は12月17日(木)15時から開催、お題は「年賀状あれこれ」です。

実は同じタイトルで技術評論社のブログに既に書かせて頂いたのですが、「年賀状における常識など今更聞くまでもないと思っていたのに、知らなかったこともあってびっくりしました。」という感想を頂きましたので、今回の講でも取り上げる事にいたしました。

また、あまりお見せする機会が無かったのですが、芝講師の年賀状は毎年会員が心待ちにする程、創意工夫がなされたオリジナリティに溢れるものばかりでした。

それらをご紹介しながら、皆様が気をつけている点や自分ならではの工夫を「現代流の年賀状あれこれ」として、皆様とご一緒にまとめてみたいと思います。是非ご参加くださいませ。

来年度の講も、今年度と変わりなく毎月第三木曜日に行います。
平成22年最初の講は1月21日(木)15時から、
お題「あらたまの...」となっております。

2009年9月29日火曜日

戻ってからの江戸しぐさ <講・平成21年度第2回>

 9月の講「戻ってからの江戸しぐさ」は、用意していた席が足りなくなるほど盛況でございました。

 「講では身分を明かさず、あだ名で会話をする」という暗黙の了解がございますが、社会ですばらしい活躍をなさっている方々は、例え身分を伏せたとしてもその品格まで隠す事は出来ないということを、改めて実感致しました。

 今回のお題である「戻ってからの江戸しぐさ」は、前回の「お出かけ前の江戸しぐさ」と併せて心に留めておいて頂きたいしぐさでございます。
 自分が訪問する側にも、お客様を迎える側にもなって考えるということは、「人様の立ち場になって物事を考える」日々の訓練にもなるのではないでしょうか。

 参加した皆様からのご意見としては、
・自分が子供の頃に、親や祖父母が日常的に行っていたしぐさでとても懐かしかった。
・あまり清潔にしすぎるのは、免疫力が弱くなるので良くない。
・子供の頃にそのようにしつけられた記憶が蘇ってきた。
等がございました。
 皆様の貴重なご意見は、今後の講等に反映させて頂きます。

 次回は10月15日(木)15時〜。お題は「三脱の教え」です。

 ここのところ「平日の昼間の講には参加出来ないので、休日か夜の部の講はありませんか?」というご質問を度々頂戴しております。学生さんやお仕事をなさっている方々にも興味を覚えて頂いてるというのはとてもありがたいことでございます。今後、何かしらの形でご期待に添えるよう考えたいと思っております。

2009年8月27日木曜日

お出かけの知恵 <講:平成21年度第1回>

 芝講師がご存命の頃には考えられなかったような一般常識や社会状勢のただ中で日々暮らしておりますと、稀に芝講師のおっしゃっていた言葉を少し遠くに感じる事がございます。

 芝講師がお亡くなりになる際「江戸の良さを見なおす会」を引き継ぐよう念を押され、ありがたくお役目を受け継ぎました。とはいえ、お恥ずかしながら未だ自分を「講師」の器だとは到底思えてはおりません。そのようなことから出版などを中心とした活動が続き、しばらく「講」を開く事を躊躇っておりました。最近になって、やはり講の必要性を強く感じ始めておりましたところ、同じくして講の再開を望む声が強くなってきたことから、35周年の集大成とも言うべき平成版の「講」を復活することに致しました。

 第1回には、昔なじみの方から最近江戸しぐさをお知りになったとおっしゃる方まで、実に様々な顔ぶれでご参加頂きました。
 お題は「お出かけの知恵」。昔からの知恵、芝講師ならではのお考え、それらを時流にあった形式にまとめなおす作業をご参加頂いた皆様と行いました。講に参加するのが待ち遠しくて仕方がなかったあの頃の、忘れていた充実した時間が蘇ってきたことで、いかに長い間講をおさぼりしていたかを反省する良い機会ともなりました。

 次回は9月17日(木)15時〜。お題は「戻ってからの江戸しぐさ」です。

 少しでも興味をお持ちの方がいらしたら、「講の手順」は最初はお考えにならなくて結構です。「ちょっと覗いてみようかな」と気楽に参加して頂けたら幸いです。ご一緒に、社会人として、大人として、子供として...。様々な立場から、より暮らし易い社会の基礎となる日常のしぐさを考えてみませんか?

2009年8月18日火曜日

 講のお知らせ<平成21年度第1回>

 つい先日納涼祭という大仕事を終え、さて残りの夏を謳歌しましょうなどと思っていたら、なにやら急に秋の気配が漂い始めました。気がつくとお盆も終わり、そろそろ季節の変わり目の支度に入る時期になっていたのですね。

 暑さも薄れて乾いた風に心地よさを感じられる中、2009年度の第1回目の講を開催致します。

 日時:平成21年8月20日(木)15:00〜
 場所:ハニーズカフェ 地図はこちらから

 今回のお題は「お出かけの知恵」です。お出かけの際の持ち物に始まり、移動中のふるまい、訪問する際の心配りといったことからお話を始めて参りたいと存じます。

2009年7月31日金曜日

ご無沙汰しております。

気がつくと、なんと一月以上もブログの更新を止めてしまっておりました。
せっかくのご縁があってこのブログにお越し頂いたのに、「ちっとも新しい話が載っていない!」と、江戸しぐさへの興味まで失ってしまわれてはいないかと心配でなりません。

とは言え、この一月ずっと「おさぼり」をしていたのではございません。展示会や納涼祭の準備を始め、地道に「江戸の良さを見なおす会」の活動をしておりました。そしてこれから「江戸の良さを見なおす会」をどのような形で続けて行くべきか、更にこのブログの今後についてを真剣に模索しておりました。

まだまだその答えに辿り着いてはおりませんが、これ以上立ち止まってもいられません。まずは定期的に「講」を開催することにしました。毎月第三木曜日の15時から、場所はハニーズカフェさんをお借りします。参加費などは無料ですが、ハニーズカフェさんのご好意で場所代などはかからない為、お飲物代のみお支払い頂く事になります。毎回議題をご用意してお待ちしておりますので、どうぞお気軽にご参加ください。本来の「講」の開催の在り方とは違ってしまいますが、これも時代の流れに沿うものと、しばらくは割り切るつもりでおります。

事前に参加希望の旨をメールやお手紙でお知らせ頂ければありがたいのですが、当日飛び込みでいらして頂いても問題ございません。
皆様にお会い出来るのを心待ちにしております。

2009年6月21日日曜日

「気づき」とは...

 江戸の良さを見なおす会は、早いものでこの6月6日に35周年を迎えました。
 ご報告が遅くなりましたことをまずはお詫びし、その上で前もって告知しなかった理由をご説明させて頂きます。

 この喜ばしい日に際し「会としてのお集りはございませんか?」とご質問を頂くことも、実は少なからずございました。

 「江戸しぐさは自分自身で考えて行動するもの。押しつけは江戸しぐさに反します。」とおっしゃる芝講師のお言葉に倣い、今回は敢えて私から「こうしましょう」と皆様に申し上げることは致しませんでした。特に今年は、本の再販等でこちらから一方的に皆様へお知らせすることが続いており、講としてのバランスをとらなくてはと思ったのです。

 「せっかくの記念をふいにしてしまって本当に良いのだろうか」と、かなり悩みましたが、結果は芝講師に喜んで頂けるであろうものとなりました。

 と申しますのも、記念日間近に会員の方々から「やはり35周年記念に、何かおやりになった方がよろしいのでは?」という声が上がり、あれよあれよと言う間に「江戸の良さを見なおす会35周年記念・納涼寄合」の開催が決定したのです。※納涼寄合の詳細はこちらから。

 講師や講元が先頭に立ち、会の皆様を引っ張って行くことも大事でしょう。ただ、こんなご時世だからこそ、お一人お一人の考えから生まれ出る意思を、今回は大切にしたかったのでございます。
 皆様の「気づき」を待つ。芝講師からの課題の一つでもあるこの難しい取り組みは、35周年の今回こそ実践するに相応しい、そう判断してのことでした。
 
 芝講師は「自ら考え、実行する」という講のスタイルを、どのように伝えるか常に模索していらっしゃいました。皆様からのこの「納涼寄合」の企画が出た瞬間、「江戸しぐさの本髄をよく見取ったね。でもまだ50点!」と、芝講師の声が聞こえた様な気がして、なんだか目頭が熱くなってしまいました。

2009年4月30日木曜日

5月とは...

 事始の月といいますと、一月や四月と思われる方が多いでしょう。私ども江戸の良さを見なおす会におきましては、五月は物事を見つめなおした上で再出発を計る月として、とても大事な月と考えております。

 空は澄み、世界が光で溢れる5月!
・明るい歌声のこだまするメーデー(現代では歌声よりもシュプレヒコールの方が大きいですね)、
・「戦争をしない」という決意を誇らしく、またこれからの在り方を考える憲法記念日、
・鯉のぼりが泳ぐこどもの日、
・感謝をこめてカーネーションを飾る母の日、
・夏も近づく八十八夜、
・世界赤十字デー、
・愛鳥週間、
・国際善意デー...
と、多彩な心の行事がつづく5月!

 私たちも心の衣がえをして、新緑と花にあふれる5月をさわやかに遊びましょう。

芝居のこころ -後編-

前回のつづき

 「私は、そうしたことを芝居で再現し、ビデオに撮りたいのです。
 一方、現在の演劇は、作者の台本に従って舞台の設備、装置、証明、音楽などの効果と演出者の監督の下に舞台の上で俳優が演技をして、観客に見せる総合的な芸術活動のように私には思えるのです。
 つまり、見せる側と見る側が、区切られた芸術という忍術のような気がするのです。こうなると、「ボク、作る人」の側から言うと、「いかに観客、言いかえれば金(かね)を集めるか」というサモシイ心にともするととりつかれ、「ワタシ、見物する人」の側は、「ただ面白ければいい」というその場かぎりの、なおざりな、享楽主義に走りやすくなるのではないかと、心配するのです。

 明治になって、江戸の芝居の心を捨て、西洋の、いわゆる演劇を金科玉条として取り入れたのですが、そのときに、もともとの西洋演劇の基底に流れていたキリスト教などの西洋精神を抜きとった上べの形のみを輸入?したキライがあります。
 その結果、「形さえ整えばいい」という、いわゆる「かっこいい」演劇を、ほんとの演劇と錯覚してしまったのではないかと、私には見えるのです。 
 そうなると、ただ形を整えるために、例えば夏や秋の実りの文化祭に向かって一心不乱に猛練習の突進を続ける軍隊になってしまうのではないかと思いたくなるのです。つまり「入学するまで、青春も正月もない」「老後のために」式の幸せ先送り人間になるような気がして寂しいのです。

 江戸の芝居は、作る人、する人、見る人が一体になって、いまを楽しみ、人間関係を一番大事にして、この地上に極楽を作った世界の演劇史上に類例のない生命活動でした。」 -終-
全文・浦島太郎の残し文

2009年4月17日金曜日

芝居のこころ -前編-

 江戸の良さを見なおす会の発足当時から、実に様々な会から研究会等へのお誘いを頂いて参りました。今から思えば、学ぶ内容は違っても、その根本にある熱意や信念という共通点があったからでしょう。

 中でも「足立史談会」の皆様にはとても良くして頂き、浦島講師は「足立史談会だより」(平成2年5月15日発行)に寄稿させて頂いたこともございます。こちらの会の皆様は現在もとても熱心で、その精力的な活動には、一つの会の代表として頭の下がる思いです。

 今回は、その「足立史談会だより」において浦島講師が寄稿させて頂いた「芝居のこころ」をご案内させて頂きたいと存じます。

以下原文ママ

 江戸のお芝居は、自分を映す鏡のようなものでした。過去の自分を映してみる。現在の自己を見る。未来の己(おのれ)をみてみる。同様に、他人様をみてみる。世間とのかかわりを眺めてみる。
 ときに、こじきになってみる。あるときは大名に変身する。まだ経験しない職業を芝居で体験し合う。
 ことに、江戸寺子屋の稚児芝居は世界に例の無い人間教育だったと私は思っています。

 いまふうに言ったら、医者、看護士、薬剤士、保母・保父、銀行員、警官、スリ、スチュワーデス、デザイナー、ディレクターなど、世の中のありとあらゆる職業を芝居の上で演じ、自分が何に一番むいているかを本人はもちろん、師匠も親も、ともに知ることができたのです。

 とどのつまりは、家を継ぎ、親の仕事を見習うのが一番の近道と悟る者が多かったそうです。いまのドラマのように、いやいや家業を継がせるようなヤボなことは決していなかったようです。
つづく

2009年4月2日木曜日

春うらら

 ♪春のうららの隅田川・・・
 と、思わず口ずさんでしまうような、心踊る季節になりました。この季節になると浦島講師は、「♪春の〜うらしまら(浦島ら)〜」と「花」のメロディーでよくお歌いだったことを思い出します。
 「浦島ら」とは、浦島講師とその講に集う人々のことです。講を私物化することのないよう、「僕ら」と常に表現することを心がけておいででした。「私」ではなく「私ども」や「私たち」と表現するのが「江戸しぐさ」であるということも、そういったお話から学ばせて頂きました。

 例えばちょっと発言が自己中心的になると、それまでの和やかな雰囲気がさっと変わります。「あっ、しまった!」と後悔しても時すでに遅し。延々と稚児問答がはじまります。それは、自分で「私が、私がと単数で表現することは田舎しぐさの始まりなのだ」と認識するまで続きました。ようやく本人が気付いた頃には、先生もさぞお疲れになっていたことでしょう。
 この「自分で気付く重要性」については先日、脳科学者の茂木健一郎氏がテレビでこのようなことをおっしゃいました。
「人を育てるには、まずその人の自主性の芽生えを待つ事が重要である」
浦島講師も当時からそのようなお考えを実践しておいでだったのです。

 話はお花見に移りますが、お江戸のお花見はたいそう贅沢なものであったようでございます。
 花見弁当には卵焼きがつきものだったようですが、「庶民は沢庵を卵焼きに見立てて楽しんだ...」と、落語にございますね。

 最後にもう一つ。
 先月「東京目黒ロータリークラブ」の例会の卓話において、「江戸しぐさ」についてお話をさせて頂く機会を頂戴しました。クラブの方針や皆様のお考えをお聞きしたところ、そこには浦島講師が「浦島ら」の講に求めた「奉仕の精神」と同質のものが、ロータリークラブという色と形となって在りました。浦島講師のお話をさせて頂きながら、浦島講師の教えと同様なものが色々な「講」において実践されていること改めて教えて頂き、とても心強さを覚えました。その際にお世話になった東京目黒ロータリークラブの方々には深く感謝をしております。

2009年3月13日金曜日

春分・さくら前線

 江戸のころは、春になると先ず「お墓参り」をしてご先祖さまの供養を済ませ、それから「おひな祭り」をしたそうです。

芝講師はこうお書きになっておられます。

 供養とは、三宝(仏・法・僧)または、死者の霊にお花をあげ、ローソクに火をともし、飲み物、食べ物、お金などを供え、お経を上げて拝むことだよ。
 昔の尋常高等小学校では、「香花・灯火・飲食・財物・読経・礼拝が供養なり」と教えたんだが・・・
 お墓の前で、手を合わせ、「ご先祖さま、子も孫も、こんなに元気でおおきくなりましたからご安心ください。これから”楽しいひな祭り”をしますので、あの世から見守っていてやってください」とお願いしたもんだね。
 これなら、陽気もいいし、桃の花はもちろん桜も咲く、人々はみんな春らしく着飾り、ボンボリに火がはいって風情があるっていうわけよ。
 子も孫も親や祖母たちの言葉を肩ごしに聞いて、「もっと元気で大きくならないといけない」と自覚し、明るい未来への夢と希望で小さな胸をふくらませたものだ。
いきいき江戸しぐさ第8号より抜粋


 春の話題と言えば「桜前線」。実は料理の塩加減にも深いかかわりがあるようです。寒い冬の間は濃い味に、夏の暑いときは、薄味にと聞いておりますが、濃い味が薄らいでくる目安は桜前線のようでございます。

芝講師のお話によると、

 さて、味の感覚というものは、一年単位で少しずつ変化し、三年くらいで、かなり変る。
 そして、七、八年くらいで、一定の線に到達する。つまり、その人の持ち味というものになってゆく。 
 江戸っ子は、生まれながら江戸の水をのみ、江戸の味に育っているもので、三歳くらいで、ほとんど同じ塩かげんを好むようになる。これは不思議なもので個人差がない。
江戸っ子とレストラン・芝三光原文


だ、そうです。科学的なことはわかりまんせんが地方によって味の好みが違うという理由の一つに、「水」が影響しているかもしれないと考えるのは、あながち間違いとは思えませんね。

 会ではさくらの春になると、湯銭マヨネーズを作って、旬(筍の字は生え始めて十日以内の竹を意味するそうです)のもの、わけぎ・たけのこ・菜の花等をさっと湯がいて、芝講師自らが振舞ってくださいました。これがおいしいのなんのって!絶品でございました。「あの時に食べたマヨネーズの味が忘れられません」と今でも、お便りを頂戴します。
 
 「男は厨房に入らず」などと言いますが、芝講師は食物は健康の始まりとおっしゃり決して手抜きをなさいませんでした。
 落語にも竹の子の境界線は?というのがございます。その竹の子(孟宗竹)は、徳川吉宗のころ中国より琉球から薩摩に入り、日本に定着したとお聞きしますが、「自分の屋敷に御芽をお出ししたら、いただきやしょう!」 というのが、やはり自然流なのではないでしょうか?

2009年3月10日火曜日

江戸の講師と現代の先生

 ブログをお読み頂いている方から「なぜ芝先生ではなく芝講師とお呼びするのですか?」というご質問を頂きました。
 確かに現代では「先生」とお呼びして尊敬の念を表す事が多く、私共が芝氏を「芝先生」とお呼びしないことに違和感を持たれるのは無理もございません。他にも同じ様な疑問をお持ちの方がいらっしゃるかもしれませんので、今回は「先生」と「講師」についてお話させて頂きましょう。

 「先生」という言葉が盛んに使われた出したのは明治維新後だと聞いております。一説には「先に生まれたことから、先生」というようになったと言われており、広辞苑でも先生の箇所の最初にそう書かれています。「自分が師事する人」また「その人に対する敬称」というのが現代では最も広く使われている意味ですが、政治家・統率者・経営者をこぞって「先生」と呼ぶはことには食傷気味です。中国では「〜さん」のことを「〜先生」と呼ぶそうです。日本ではそこまで形骸化した意味の使用は稀ですが、時としてはからかいの意味を含んでいる場合はございますね。

 明治のざれ歌(狂歌:特に江戸時代に流行、俗語を用いた。)に「先生と呼ばれるほどの馬鹿でなし」というのがございます。芝講師は、会に新しく入られた方に芝先生と呼ばれると「先生、先生と呼ばれると、この歌を思い出して嫌な気分になります」と冗談まじりによくおっしゃっいました。「講では皆が教える人で教えられる人」というお考えだった芝氏は、ことの他「講師」という呼び方に”こだわり”をお持ちでした。

「師」の持つ多くの意味の一つに「専門の技術を職業とする者」というのがございます。芝講師はいわば「講」を成功させるプロフェッショナルとしてのご自分を、上も下も無い「講師」という肩書きで呼んで欲しいとおっしゃっていたのはないでしょうか。その本意について、実はまだ確信が持てないでおります。残された様々な資料を整理しながら、芝講師の言葉をお考えを、これからも皆様にご紹介させて頂きたいと存じます。
以下は、芝講師がお書き残しになられたものです。
 

江戸しぐさでございますが、その前に、つぎのことだけを頭に入れておいていただきたいと思います。
 (1)江戸の歴史には、二つあるということ。
 (2)江戸の講師と、いまの学校の講師とでは、意味が全然違うということ。
 (3)江戸の○○のシグサと江戸しぐさとは違うということ。

「江戸楽のすすめ・生きる」 原文より


江戸楽のすすめ・生きる

2009年2月27日金曜日

ひな祭り

 現在のひな祭りは3月3日に行うのが一般的ですが、江戸の暦ではそれより1ヶ月遅く、桃の節句というだけあって桃の花の盛りの頃に行われていたようでございます。これは明治6年の改暦により和暦から新暦への変更によるもので、それによりお彼岸にご先祖さまへのお参りをした後にお雛さまをお呼びするという順番も、今では逆になってしまいました。※ 現在でも京都の一部等、旧暦の4 月3日におひな祭りをする地域は少なからず現存しています。

 太陰暦を太陽暦に変更したはいいものの、お上でさえもこの暦の違いに大変混乱したようでございます。日本古来の文化・風習に則った筋道のとおった様々な尺度を、「西欧化」というただ一つの定義で替えてしまった弊害の一つ(もちろん利点も多くあると認識しております)として、「江戸しぐさ」が失われてしまった現代の日本社会があると思うのです。

 近代化と民主化の名のもとに、私たちが失ったものの一つである江戸しぐさ。江戸の町の人々がもっていた、他の人間へのおもいやりや優しさをとりもどしたいという願いのもと、江戸の良さを見なおそうと今日まで芝三光氏の集められた江戸しぐさを公開してまいりました。このことを語らずして、「江戸の良さを見なおす会」をご理解頂くことは難しいでしょう。そして江戸しぐさは暗記するものでなく、経験を通して身につけるものであるということも、「江戸の良さを見なおす会」の基本となっております。時折「傘かしげ」の様な「○○しぐさ」をもっと教えてくださいというようなお便りを頂くことがございます。もちろんそれら「○○しぐさ」はとても解り易い「江戸しぐさ」の実例となるのですが、一番お伝えしたい事は「”江戸しぐさ”の本質は形式ではない」ということなのでございます。近年、様々なところで「江戸しぐさ」を謳っておられるようですが、「江戸の良さを見なおす会」の目指す「芝三光氏が提唱なさった”江戸しぐさ”」とは方向性が違うようでございます。

 ひな祭りについては諸説ございますが、「雛」の持つ「大きいものを小さくする」という意味から、「大きな厄難を小さな人形に移すことで最小限にする」という説をお聞きになった方もいらっしゃると思います。人間の心の厄払いを小さな流し雛さまが身代わりになって昇華するように、世の中の大きな不満・不安・不幸を、「江戸しぐさ」で吸収し、小さな満足・安心・幸福に替えてしまってはいかがでしょうか。
江戸しぐさにはそのような力があると信じております。

2009年2月20日金曜日

江戸寿司講

 今回は「東京一人暮らしの方への江戸料理実習会」の様子をご紹介したいと思います。
 当時の私どもの講中は、江戸に関する様々な分野において造詣が深い方の多い寄合でもありました。江戸の講がそうであったように、会員が持ち回りで講師となり、自分の得意分野について講でお話や実演や研究発表をすることもございまいた。誰もが生徒であり、且つ何かの先生でもあるというのが江戸講の、そして芝氏の考え方でございました。もちろんすべての方が、人に教える何かをお持ちな訳ではございません。そのような場合、芝氏はその方が少しでも得意そうな分野を導きだし、講師になれるように指導なさっておいででした。
 そのような中、1975年5月17日に「東京一人暮らしの方への江戸料理実習会」が行われました。会員である大久保のご隠居が鮨職人の師匠でいらしたことから、寿司飯の作り方・ご飯の炊き方を始め、材料の吟味・調理等を、調理室をお借りして実習で教わることとなったのです。その際の仕度は、ご高齢にもかかわらず、全て米沢師匠が整えてくださいました。当時を振り返り、実にありがたいことであったと反芻しております。
 
 ただ、これだけですと単なる「お料理教室」となんら違いがございませんね。芝氏が皆様にご説明なさりたかったのは、江戸料理はもちろんのこと、それ以前に「お料理をする心構えとして、手洗い・髪の始末・お茶碗の煮沸消毒・お湯の沸かし方・お茶の入れ方・出し方までに至るまでこと細かく見取らなければならない」ということでした。(当日の様子はこちらからご覧頂けます。)

 ※江戸料理の基本についてご興味をお持ちの方は「江戸楽のすすめ・生きる」も参考になさってみてくださいませ。

2009年2月12日木曜日

講とは...3

 講について、特に多くのお問い合わせがございますのは、「今度はいつ講をおやりになるのですか?」というものです。講とは...2に引き続きお話させて頂きます。

 講元として、次回の講の予定を決めることは、とても気を使うものであります。同じ思いをなさった芝氏はこう書き残しておられます。

「江戸の文まわし(1978年10月吉日)」より抜粋

「講の日を指おり数えて待ちます。手帳をだして、「この次は いつですか?ボクは忙しいから、」などと言うのは、他所(よそ)者と言われます。 
 江戸言葉で言えば、「どうも私は頭がわるいので、手帳に書き記しさせていただきます。つぎのお講の日を おおしえ願います。」と なります。
 お若いかたは、「ボク、頭が悪いからメモしとく、つぎのミーテイグ、教えて」とおっしゃればいいでしょう。
 そうです。それこそ 頭の良いアナタ様なら、もう お分かりでしょう。江戸の講は、まず、世辞(せじ)を覚えるところから始めるのが良いでしょう。
 と言いますのは、江戸の講のメンバーの発想は「世にも珍しい」もので、それが江戸の講の特色であるからです。
 このごろ、江戸言葉と言うと、ベランメエ言葉とか、下町弁のことを おっしゃるかたがいらっしゃいますが、困ったことです。
 江戸言葉というものは、極端に言えば、どこの言葉でしゃべっても良いのです。その お話のなかに、世辞が はいっていれば「江戸言葉」になります。そして 江戸言葉で話す人たちの集まりが「江戸の講」と言うわけです。
 例えば、次の二例をご覧ください。どちらも同じことを言っていますが、先の例が江戸言葉で後(あと)のがいわゆる田舎言葉です。
「どうも私はボンヤリしておりまして、道を まちがえてしまい遅くなりました。みなさまの貴重なお時間をドロボウしてしまい、申しわけありません」
 「ここが なかなか わからなくて、別のところへ行ってしまったので、遅く成ってしまいましたが待ちましたか?」
 つまり、江戸言葉は「自分以外の人が中心」という考え方に立って話をする言葉ですが、田舎言葉は、いくら共通語や東京弁で話しても、自分が中心という考え方で話をする言葉という 違いがあります。
芝三光著 原文ママ


 しかしながら、皆様が遠慮なさって他の方のご都合に合わせますとおっしゃったのでは、なかなか日程が決まりませんね。そのような時は、敢えて自分が野暮となり、「前回は他の方のご予定が優先だったから今回はわたくしの都合に合わせて頂いてもよろしいでしょうか?」と、どなかたが主張なさることで日程が決まる場合もございます。一見利己的に見えて、実は講全体の事ををお考えになったからこその「しぐさ」です。今風に申し上げますと「場の空気を読める力」が江戸での「粋」に当たると言えましょう。「KY」(空気が読めない)という否定的な言葉より、「IKI」の方が格好良い響きではありませんか?

 文中にある「江戸言葉」について、昨日「大和花の画房」で、Yさんという方からとてもよい言葉をお聞きしました。お隣のトキおばあさんを訪ねる際はいつも「トキさん、とぜんしとっか?」とお声をかけになるのだそうです。
 この意味、お分かりでしょうか? 徒然(とぜん)とはあの徒然草のことで、「おひまでございますか?」という意味なそうでございます。なんと粋な言葉でしょう!
 講も江戸言葉も「自分以外の人が中心」であり、「謙虚さ」から成り立つものであるということがお分かり頂けましたでしょうか?
 因に、「江戸講」や「江戸言葉」といった、本ブログ内で表記される「江戸」は、地域を限定するものではございません。「江戸の時代に江戸の町から生まれた"粋"」をどこで使おうとも、それは「江戸しぐさ」であり、「江戸言葉」と言って良いのです。江戸っ子も然りで、「こちとら生まれも育ちも江戸っ子だい!」と言うよりも、むしろ「三代前から江戸講で学んでおります」とおっしゃる方が、それこそ粋というものでしょう。

2009年2月5日木曜日

立春大吉

一年の始まりは立春から

 毎年この時期になると、江戸に縁(ゆかり)のある有名な料理研究家の方に、立春大吉の縁起の良いごあいさつを頂戴しております。
 皆様ご存知の通り、立春から24節気が始まり、この節分けの前日が節分です。立春には正月、節分には大晦日の役目があり、一年間の厄払いのために豆まきを行います。「福は内・鬼は外」でございますね。
 下記は、芝氏がご幼少の頃に節分のことをお書きになったものです。家族団欒のご様子が手に取るように書かれています。

「芝氏、10歳の頃の作文より」

昭和12年2月4日
 豆まき
 ぼくは、きのう上村君や田ざわくんとあそんでゐたら二人ともかへってしまったので、ほくは、おうちにはいると豆はもういってありました。おばあさんは、「これから、神だなにおそなへするんですよ」とおっしゃいました。
 それからだんだんくらくなると、おとうさんが、「うちでも豆をまくかあ」とおっしゃいました。
 そして、神だなから、豆を下ろしてくださいました。ぼくはすこしはづかしいとおもいましたが一生けんめいやろうとおもって、ますをかかへました。
 「福は内 福は内 鬼は外とこえを大きくしてゐいました。一ばん始めは、三でふをまいて、それから六でふまいてからだんだん次のへやをまいてあるきました、一ばんしまひにえんがはに立って、「福は内 鬼は外」。
 とできるだけ大きな聲をだして、まきました。をはりに、ゆどのをまきました。大きな聲で、「鬼は外 鬼は外」と、いひました。その時おぢいさんがかへってきて「豆はもふまきましたか」、とおっしゃいましたので、もうすっかりまきましたと、ぼくが、いひました。おぢいさんが、まだ豆はたべませんかと、おっしゃいました。ぼくは、「まだたべません、おぢいさんと」とゐふと、おぢいさんはもふ、豆をそろそろはべはぢめるかなはとおっしゃったので、豆を年のかずだけたべました。
 おかあさんは、「和雄、これからわ、今までよりもずっとべんきょうしなければいけませんよと、おっしゃいました」。
 ぼくも、まへよりか、一生けんめい勉強して、今年もゆうとうをもらをうとおもいました。おとうさんも、「おまへもう十になるからまへよりえらくならなければいけない」とおっしゃいました。それからおゆふにはいって、ねました。
原文ママ


 昔は、自然の景色の変化から季節の移り変りを把握していました。「自然暦」を大切にしていたのです。
 江戸の心は自然流というコトバも江戸しぐさの教えにあるように、私どもは日々自然を感じ、自然と共に生きております。「無理をしない・無理押しをしない」などは自然をお手本とした江戸しぐさでございます。

芝氏はこう書き残しておいでです。

 「ミドリ(青味)枯れる、シグサ(仕草)枯れる」「ながめて飽きぬは、木々の緑と人の仕草」


 また、浮世絵にも24節気のことが多く描かれておりますが、江戸のノスタルジアと軽んじることなく、今後も研究を続けて頂くことを願うばかりです。

 四季折々の行事を、家族や地域で行う余裕を失った代わりに手に入れた物質的な豊かさ。それを急激に失いつつある今日にこそ、江戸しぐさは必要だと思っております。

2009年1月22日木曜日

芝氏のご命日によせて

 1月22日は私の恩師である芝三光氏のご命日にあたります。
 会のHP内ギャラリーでは、「5万円で自分でテレビを作る」を考案なさり、その記念写真と如月放談(冬の夜話)のテレビ司会のをしていらっしゃる若き頃のお写真を掲載しました。これらは共に、ポピュラーサイエンス社の編集をなさっていらした頃のものですが、普段から生き生きとしてらした瞳が一段と光輝いて見えるようでございます。
 体を壊し、その会社は長く続かなったようでございますが、江戸っ子はいやなことが起こると、全てをクリヤーして、新天地に挑戦するように体が出来上がっているようでございまして、その後の切り替えもすごいと思ったり、面白く思ったものでございます。
 また、昇進のお話しが来るとそれは他の方へとお譲りなっていたようで、これは哲学というか、考え方というか、一般の方にはあまりご理解できないことではないでしょうか。芝氏のこの他のお話でも、これが「江戸しぐさ」なんだなぁと感じたことが数多くございました。
 今日は朝から、大橋料理塾・お稽古事・講演会(神田学会・自然と共生する都市・都心における大きな可能性というタイトルで石川幹子さま)を聞いて参りました。
 どこの講演会でも江戸の良さを見なおしている点、嬉しく思ったり複雑な気分でございました。

 1月13日から、国際基督教大の湯浅八郎記念館で幕末から明治時代に活躍した絵師、揚州周延(ヨウシュウチカノブ)1838~1912年)特別展「帰ってきた浮世絵・周延」が始まりました。
 当会の所蔵品にも揚州周延の作品がございます。お正月特別企画として江戸の良さを見なおす会のHPに2点掲載しております。
 米カルフョルニア州のスクリップ大の企画展で所蔵するコレクションから59点を選び、全米6大学を巡回し、国内では国際基督教大が唯一の開催となるようです。
 1983年10月13日、芝三光氏はICUの評議会で講演をしております。講義のタイトルは「江戸は何が良いか」でした。偶然に師の命日に、ご縁の大学内での特別展:「帰ってきた浮世絵・周延」を知り「やはり師のお導きでは?」と、心地よい一日でございました。
 

2009年1月9日金曜日

福づくし

 あらたまの ご挨拶を申し上げます


 お陰様を持ちまして、江戸(しぐさ)の良さを見なおす会(茶論)も、結成以来ちょうど35年になりました。本当にありがたいことで、支えてくださった皆様方にはこの場を借りて感謝御礼申しあげます。
 今年からは「江戸の良さを見なおす会」として、本来の江戸の心を世間さまにより一層感じていただこうと思い、「出前講」や書籍等による活動の幅を広げて行こうと考えております。まだまだ大勢の方が「江戸しぐさ」と江戸のシグサを混同なさったり、単に古いマナーと誤解なさっているように思われます。芝氏がおまとめになった様々な文献を基に、皆様に解り易くお伝え出来れば幸いです。

 本年度も、貴家のご清福と貴尊のご無事をお喜び申しあげるものでございます。

- 2009年 年頭 和城伊勢 -


 さて、楽しいお正月いかがお過ごしでございましたでしょうか? 今年はちょっと長いお正月休みでざいましたね。
 お正月といえば、その言葉を聞いた途端にお子さまがいきいき輝く「お年玉」でございますが、江戸では、お金ではなく、大家さんが店子に贈った、御餅のことだったようでございます。芝氏はこうお書になっています。

(江戸っ子新宝より。一部抜粋、ママ)
[ ですから、江戸っッ子の流れをくむ家庭の子弟にね、うっかりお年玉やってご覧なさい。「ボクはこじきではありません!お金はいりません」と言いますよ。でも「ニュー イヤーズ ギフトならください」だって。こじっかりしてるね。さすが現代の江戸っ子、いや東京っ子ですね。お互い考えなくっちゃね・・・。]

 また、大人がいきいき輝く「福袋」でございますが、これも、年の暮れ「江戸の講」に集まり、どのようようなものにするか? みんなで知恵を出し合ったようでございます。つまり講は、商売繁盛の始めの一歩なのです。

 他にも、「恵方詣」は、江戸恒例の行事でございました。お店は自分の店の前を通ってお参りできるようなテダテを考えたそうでございます。また「福歩き」も同様でございまして、お互いのしぐさを見なおす良い機会であったそうです。物を食べながら歩いていると、「動物シグサといって、笑われた!」というのですから・・・。
 今も昔も、お行儀の悪さに対する厳しい目は必要なのですね。

 最後に「お年賀状」ですが、これも虚礼、つまりうわべだけの礼儀ではありません。芝氏はこうもお書きです。

(江戸っ子新宝より。一部抜粋、ママ)
[ しかしね、キミ、年賀状はね、虚礼つまり、うわべだけの礼儀ではないんだよ、
 あれはね、江戸ではね、自分自身と自分の友と、御仏(みほとけ)さまと、ご先祖さまにの四方に、自分が生きているというペナントとメッセージを送るコールサインだ!と教えられたもんだよ、
 コールサインのない放送局はないからね...、
 だから、ケンカした友だちにも出すんだよ...、一方よしたって、まだ三方分残っているんだからね、
 それを覚えておけよな。]
                        
 ※江戸っ子新宝は「江戸の良さを見なおす会」ギャラリー頁に公開予定です。

 今回はここまでとさせていただきます。ごきげんよう!