2008年10月23日木曜日

講の内:「回り路」篇

 江戸では「講」のことを「てだて」とも読んでいたと、以前に書かせて頂きました。
 現代の、しかも学校で習う読み方からすれば「てだて」と読むのは間違いです。というよりも、学校ではそうは教えてはいません。教育漢字的には間違いかもしれませんが、そこは平成の現代。「渋谷のギャル語辞典」がベストセラーになる昨今、国語辞書には載っていない読み方があったとしても、すんなりとご納得頂けるのではでしょうか。
ただし、学校の試験に「講」の字にフリガナを付けなさい・・・という問題が出たら答えは《こう》と書く事。決して てだて とは解答なさらないよう、お子様には充分ご説明くださいませ。因みに、ごん偏(べん)の講の字は小学校5年で、また、き偏(へん)の構の字は6年生になってから習う漢字で、どちらも教育漢字の1006字に入っています。
※万が一「てだて」と書いて正解になっていたら、教養とウィットに富んだ先生に教わっているのだと喜んでくださいね。

 講の字の読み方のことで、回り路(まわりみち)をしましたが、こういう遠回りも、現代の学校や社会では経験できない「講」の特色の一つです。
人生には、時にふらっと回り路をしたくなるときも、また回り路をしなければならない時もあるでしょう。そんな時、この一文を思い出してください。きっと「回り路」を楽しめることでしょう。

 《現在は、回路図のことを配線図という人が多いようです。回路図という言葉のほうが、使われ出した歴史は、配線図よりも古いそうです。この回路図とう単語は、明治になってアメリカやヨーロッパから、エレキ(電気)の機械がはいってきて、盛んに使われ出した言葉のようです。
 機械の裏側の、ウネウネした配線をみて、エレキの”まわりみち”と考えたのでしょう、電気が、ウネウネまわりみちしているうちに、人の声を出したり明かりとつけたり、いろいろ面白い姿を現すのだろう?と考えたのでしょう。ユーモラスな発想ではありませんか!
 まわりみちをして、ふらふらしているうちに、思いがけない「いいもの」を見つけた! っていうことは、いまの私たちも、ショッピングなどで、ときとき経験しますね・・。
 こう考えると、回り路(まわりみち)も、まんざら悪いものではありません。ところが現在の東京的思考では、「ああ、まわりみちして損をした」となります。
 これは、「道路工事中、まわり道」の標識で、Uターンや、迂回(うかい)運転を余儀(よぎ)なくさせられた苦い経験からくる実感でしょう。
 でも、人間さまは、車のような神経のない機械と違って、二本足で歩くことができます。まわり道のおかげで、新しいものを発見する目を持っています。デメリットをメリットに変換できる頭を持っています。》
 
 さて、今回も沢山の回り路をしてしまいました。<江戸の良さを見なおす会>ではこのように時々は回り路の多いお話し合いをしながら、物事の本質により近づいて行こうとする会なのであります。

1 件のコメント:

おたみ さんのコメント...

またまた、コメントさせて頂きます。 共感することばかりでついコメントせずにはいられない心もちです。

江戸の方々は、そんなに情緒豊かで、おおらかなのに、現代の日本人はキリキリとしたところが目立っているように思います。

最近では間違い・失敗を許さない空気があり、失敗から学ぼう、大いに失敗しよう、と言っても頭では分かっていてもいざとなるとなかなか受け入れられない人も多いように感じます。

江戸しぐさの講が江戸のあのころのように(実際は知りませんが)復活することを心から願います。