2008年10月31日金曜日

肩引き

 芝三光先生(江戸の良さを見なおす会初代講師)が人生の大部分をその口承・伝承に捧げられ、現在はマナーとして様式化されている江戸しぐさ。その一つに「肩引き」というものがございます。今回はこの肩引きが「江戸者同士のご挨拶」から来ているというお話をさせて頂きましょう。

 当時の江戸の町は人口密度が世界一であったと言われており、日本中から生活習慣や言葉(方言)の異なる人々が大勢集まり暮らしていました。ですので自分のお国(現代でいう地方ですね)の常識が通用しなかった場合など、まさか(真逆)のことが容易に起こり得るちょっと危険な?都市であったとも言えましょう。こういったまさかの時に備え、街の治安を守る様々な「講(てだて)」が、なされていたのです。
 例えば、お仲間と認識するのに「山と言えば・・・川と応える」等は、今では時代劇の泥棒の台詞と思われがちですが、これも立派な「講」の一つです。
 人を見る目を養うことも、江戸寺子屋の師匠のお役目の一つでした。江戸では、服装などで争わず、しぐさで競い合ったとも言われています。(現代にもそういう考えが復活すればいいですね!)
 狭い路地でお互いがすれ違う。この一瞬に、
1.「お陰さまで、私は、今日もイキイキ元気です!」「ご同様さま。私もイキイキ達者でございます。」
2.「アナタさまが、どこのどなたか存じませんが、アナタに決して危害を加えません!」「ご同様さま。私もアナタさまに決して悪さをいたしません。」
3.「お互いに人間同士でございます。アナタさまを持ち上げないかわりに、尻にも敷きません!」(*お互いに立ち止らず、相手の通行時間を空費させないなどの意。)「同様さま、私もアナタさまを上にも下にもいたしません。仏様の前では、お互いに平等でございますからね。」
と、いうような気持ちを、道路で擦れ違う一瞬のうちに、互いに体で表現するボデイランゲージです。(*江戸では体談)

 このような、人々の累年の英知が「江戸しぐさ」という青信号を産んだわけです。青信号という「ゴーサイン」が点滅していれば、お互いに通過しても安全という知恵でした。(肩をすっと引いて、手元まで後ろに回す)
 このように想いを込めた「江戸者同士の生きているご挨拶」、それが肩引のしぐさなのでございます。そして、お互いの心映えを喜ぶ。このような気持ちをみんなで・・・という願いをこめて<江戸の良さを見なおす会>は歩んでまいりました。

 現在、NHKの朝ドラで・・「袖すりあうも他生の縁と・・」とテーマ曲が流れています。この流れで、江戸式のご挨拶も「見なおして」みませんか? 例え一瞬でも、きっと爽やかな気分になれることでしょう。

2008年10月23日木曜日

講の内:「回り路」篇

 江戸では「講」のことを「てだて」とも読んでいたと、以前に書かせて頂きました。
 現代の、しかも学校で習う読み方からすれば「てだて」と読むのは間違いです。というよりも、学校ではそうは教えてはいません。教育漢字的には間違いかもしれませんが、そこは平成の現代。「渋谷のギャル語辞典」がベストセラーになる昨今、国語辞書には載っていない読み方があったとしても、すんなりとご納得頂けるのではでしょうか。
ただし、学校の試験に「講」の字にフリガナを付けなさい・・・という問題が出たら答えは《こう》と書く事。決して てだて とは解答なさらないよう、お子様には充分ご説明くださいませ。因みに、ごん偏(べん)の講の字は小学校5年で、また、き偏(へん)の構の字は6年生になってから習う漢字で、どちらも教育漢字の1006字に入っています。
※万が一「てだて」と書いて正解になっていたら、教養とウィットに富んだ先生に教わっているのだと喜んでくださいね。

 講の字の読み方のことで、回り路(まわりみち)をしましたが、こういう遠回りも、現代の学校や社会では経験できない「講」の特色の一つです。
人生には、時にふらっと回り路をしたくなるときも、また回り路をしなければならない時もあるでしょう。そんな時、この一文を思い出してください。きっと「回り路」を楽しめることでしょう。

 《現在は、回路図のことを配線図という人が多いようです。回路図という言葉のほうが、使われ出した歴史は、配線図よりも古いそうです。この回路図とう単語は、明治になってアメリカやヨーロッパから、エレキ(電気)の機械がはいってきて、盛んに使われ出した言葉のようです。
 機械の裏側の、ウネウネした配線をみて、エレキの”まわりみち”と考えたのでしょう、電気が、ウネウネまわりみちしているうちに、人の声を出したり明かりとつけたり、いろいろ面白い姿を現すのだろう?と考えたのでしょう。ユーモラスな発想ではありませんか!
 まわりみちをして、ふらふらしているうちに、思いがけない「いいもの」を見つけた! っていうことは、いまの私たちも、ショッピングなどで、ときとき経験しますね・・。
 こう考えると、回り路(まわりみち)も、まんざら悪いものではありません。ところが現在の東京的思考では、「ああ、まわりみちして損をした」となります。
 これは、「道路工事中、まわり道」の標識で、Uターンや、迂回(うかい)運転を余儀(よぎ)なくさせられた苦い経験からくる実感でしょう。
 でも、人間さまは、車のような神経のない機械と違って、二本足で歩くことができます。まわり道のおかげで、新しいものを発見する目を持っています。デメリットをメリットに変換できる頭を持っています。》
 
 さて、今回も沢山の回り路をしてしまいました。<江戸の良さを見なおす会>ではこのように時々は回り路の多いお話し合いをしながら、物事の本質により近づいて行こうとする会なのであります。

2008年10月20日月曜日

講に参加する心構え・時泥棒(ときどろぼう)

 先生と生徒の関係を、指揮者と団員に例えてみましょう。
 言うまでもなく、管弦楽や合唱では、メンバーが一人でも遅刻した場合、代役を立てない限りコンサートはできませんね。それがどんなに名指揮者と名演奏家の揃(そろ)った楽団だったとしても、抜けたパートがあったらオーケストラもコーラスも成り立ちません。

 江戸では、約束に時間に遅れることを「時泥棒(ときどろぼう)」と呼び、時(とき)には(しゃれではありませんが・・・)金品を奪う泥棒棒より悪いとさえ言われていたようです。

 何故なら、「時」は弁償不可能な共有財産であり、それを大勢の人々から同時に奪ってしまうことはもはや「罪」であると考えられていたからでしょう。
 では、已(や)む無く遅れる場合や、遅れた場合の「てだて」は どうすれば良かったでしょうか。それをで学習する場、それこそが「講」であったのです。

  現代では時泥棒が「罪」であるという考えは廃れているようですが、やはりどこかで「良くない」ことであるという認識は皆さんお持ちのことでしょう。<江戸の良さを見なおす会>では、一つの「江戸しぐさ」が何故「常識」として今も通用するか等を、講にてお話しております。

2008年10月17日金曜日

講に参加する心構え・水母(くらげ)

 水母(くらげ)は、皆様良くご存じの、海面に浮遊する腔腸(こうちょう)動物です。最近ではノーベル化学賞受賞の立役者として注目を浴びていますね。
 海をふらふらと漂い、時々大群となって押し寄せることで大問題にもなっています。現代技術の粋を集めた原子力発電所でも、これがフィルターに引っかかるとお手あげのようです。たしか数年前に、そういったパプニングが実際に日本でおこったと記憶しております。

 江戸では、行くと約束した集まりに来たり来なかったりする水母のような人間を、「くらげ野郎」と呼んで軽蔑したそうです。
 現代でも「水母」や「時泥棒」の様な人の多くが、集まりにおいて「はじめダラダラ、おわりグズグズ」しがちです。そして時間が足りなくなると二次会になだれ込んだりするのですが、江戸では二次会は「ご法度」とされていたようです。それに倣って、<江戸の良さを見なおす会>でも二次会は禁止でございます。

 また、「水母は独善(ひとりよ)がりで傍迷惑(はためいわく)を考えず、文句を言えば毒棘(どくとげ)を出す」という教えもあります。<江戸の良さを見なおす会>では、年齢・学歴・職業などを問うことは全くございません。ただ「時泥棒」と「水母」だけは、ご遠慮申し上げたいところでございます。

2008年10月15日水曜日

<江戸の良さを見なおす会>の結成・1969年(昭和44年)

明治・大正時代は、ヨーロッパにかぶれた上、ひっきりなしに戦争をした時代。
昭和前半は不景気と侵略戦争にあけくれ、後半は、敗戦の「後始末」と、「やり直し」で混乱の極みに達した時代でした。
思えば平成までの百年以上、日本人は、サルまわしの猿のごとく、周りに振り回されていたようです。

それに比べ、江戸時代は2世紀半もの長い間、
 ただの一度も外国を侵略せず、
 ただの一度も外国から侵略されることなく、
 平和を守ることに積極的で、
 しかも絢爛豪華に文化の花を咲かせた時代・・・。
江戸時代とは、世界史にも類まれで、傑出した、「誇りうる」時代であったのです。

私たちの会は、
「輝かしい江戸文化を過去に共有した喜びを語り合い、文化全般について見なおし、今日の暮らしに役立て、将来に伝え残そうとするユニークな社会教育団体でありますの・・・、どうぞ!」
という芝先生の呼びかけに賛同しまして、今日まで活動を続けて参りました。

前置きが長くなりましたが、「江戸の良さ」を、次の世代にお伝えすべく、<江戸の良さを見なおす会>は日夜その活動に励んでおります。今後ともご贔屓くださいませ。

2008年10月9日木曜日

講に参加する心構え

 江戸の講は、講義の「講」ではありませ。したがって、講師も「テダテのオサ」と呼びます。オサは、長田さんおオサで、長という意味だそうです。
 だから、講師は、今の先生よりも、むしろ、グル-プのリーダーとかオーケストラのコンダクターに近い役目の人になりそうです。
 そこで、江戸の講の講師は、まさに、講の指揮者か案内人です。もう少し詳しくいうと、研修室で開く車座講のような場合は、講師は指揮者であり、上野のお山にのぼるような場合は、案内人の役目になります。
 

浦島太郎2

江戸では、本名を使わない。なぜなら、本名を使えたのは、親と師匠それから、お上であったと言われていたからです。 
 <江戸の良さを見なおす会>では、それを見習いまして、講師も会員(講中)もすべてあだ名でお付き合いをいたします。芝先生は、寺子屋の師匠であった曾祖父から「浦島太郎」継承しておいででした。
 現在の、ブログを書く際に本名を使わないという合理性と同じでございます。江戸は進んでいたのですね!
 このように、江戸について語る際には是非、取り入れて頂きたい「しぐさ」の一つでございます。
 そしてあだ名を使い、江戸者になったつもりで演技することによって、客観的に自分を見つめなおすこともできますね。なんで素晴らしい「江戸しぐさ」でございましょう。